NGOMA JAPANI -東アフリカNGOMA親交会-

写真コーナー(PICTURE)

ギリアマ族の太鼓・ムションドの作り方

2005年
ケニアの東海岸地区の都市、マリンディからマタトゥ(ローカルの乗り合いワゴン=NISSAN製)で40分ほど悪路を行った
Madungoni(マドゥングニ)という地域にて。近くにはガラナ・リバーが流れ、ギリアマ人が住む。
ここは“NGOMA ZA PEPO(ンゴマ・ザ・ペポ=精霊のンゴマ)がまだまだ盛んなところだ。

ここにMzee Kahindi wa Tsanje(ムゼー・カヒンディ・ワ・ツァンジェ) という推定年齢80〜90歳の気品漂う偉大な長老がいる。
ンゴマ・ザ・ペポの伝説的な叩き手であり、素晴らしい太鼓職人でもある。
ハンターでもあった。彼のことを歌った歌がいくつかある。

ムゼー・ツァンジェにムションドという太鼓の作り方を教わった。

これはそのときの記録である。

****************************
image
ムションド作りの始まり。 いざ出陣! さてどこまで行くのやら、、、。
ムゼー・ツァンジェとその息子の一人、フィキリとともにムションド用の木を切り倒しに行く所。
ムションドに使われるのは、ムルング、またはバンバンゴマという木です。
両方とも軽く、柔らかいところがよいそうです。

image
意外に早く見つかりました。
ムルングという木です。
表面には非常に攻撃的なトゲトゲかびっしり生えています。
その容姿にビックリ!

image
ムゼーは息つく暇もなく、いきなり切り倒しにかかります。

image
男らしい表情!のムゼー。

imageimage木がかわいそうだった!いてててっ見てるこっちも痛い!

image
あっというまにこんな感じ。
私はほとんど手伝わせてもらえなかったです。
「Namara kujaribu!!!(やりたい!)」と言ってもいつも「Ngoja(まってろ)」と返ってくるだけ。
しつこく言ったあげく、少しだけ手伝わせてくれました。
まずは観て覚えろってことですね。

image
切り倒したムルングをムゼーは一人であっという間に谷底へ転がしておろしました。
ムションドの長さはトウモロコシ?の枯れた茎でアタリをつけて測っていました。
ムゼーの腕の長さが基準になってるようでした。

ムルングがムションドという別の命に生まれ変わってゆきます。
何とも言えない気持ちでした。
この太鼓が出来上がったら俺は一生この木に恥ずかしくないようにいい太鼓叩きにならねば!と思いました。
一生面倒見ていくと決意しました。

image
image
image
ガンガンガンガン、黙々と削ってゆくムゼー。 私はすべてを目に焼き付けるように真剣に見ることに集中するのみ。

image
ムゼーの足です。

image
村に帰ってきました。ムゼーは黙々と猛烈に作業を続けます。
頭とシッポの位置をきめている所。
後ろに見えるのは古いムションド。

image
ムションドを立てるための穴を掘っているところ。

image
そして地面に突き刺します。

image
穴をあけるためにガンガン掘り進むムゼー。
これがなかなか掘れなくて、能率がよくない。
そこがまた良い。
ドリルとかで簡単に掘れると太鼓を作る「産みの苦しみ」や「思い」が木に伝わらない気がします。
このほうが木の組織も密になって音もよくなるんじゃないかと思います。

image
私はすぐに手に血豆ができたり皮がめくれたりしまた。
情けない。

imageimage
2時間掘ってもほんの少ししか掘れないのです。

image
ムゼー、一休み。
さすがに疲れたのでしょう。
この日はこれで終了。大変な肉体労働だ。

image
翌日、ムゼーは朝早くから作業を開始。

image
ムゼーの手。

image
ムゼーの足。

image
そろそろ貫通して!とこちらは強く願う。

しばしして、ついに貫通しました!!!おもわず大喜びしました!

image
ムションドを地面から引き抜きます。

image
表面を整えます。
我々なら、最初から『アタリをつけて』一気に求めている形態まで掘り進んでゆきます。
ゆえにムゼーの作業がじれったく感じる時がありました。
しかし、ずーっと自分の気持ちを無にして、ムゼーの作業を見続けていますと、ムゼーは瞬間瞬間に、対峙している木の表情、癖などをちゃんと考慮して作業しているのが分かりました。
木と対話していることが読みとれました。
これは多くの造形家が形だけを追求しているのとは違い、出来上がったものが良い音を奏でるというその機能のことまで考慮している作業の進め方だと思います。 

1つ1つ個性の違う木と対話しているのです。

ある建築に携わっていた方が、昔の日本の家を造る職人は
『柱には頭と下があり、腹と背中があることを知っていた。
それをきちんと生かして家を建てていた。
ゆえに家は100年はもった。
しかし今は画一化したものを求めるため、その『知』をないがしろにしている。
今の家は20年持たない。』
とおっしゃられておられたのを思い出しました。

image
手取り足取り教えない。
一流のの技を黙ってみせる。
あとは学ぶものの責任!!!
見取り稽古 
ムゼーも先人からこうやって伝承してきたのでしょう。

私はその長い伝承の流れの先端に立っている。
全身全霊で吸収する。
ムションドの上面の径の外側のエッジの角度に、数日前に観た、ムゼーに太鼓作りを教えた人の太鼓との違いが見られる。
これはムゼーの工夫の結果なのか?

そういえば、その人のカブンブンブ、チャプオはいままで聞いたそれらの音とは別格の音がした。
よくよく観察するとその理由らしきものが何となく読みとれた。
後でフィキリに訪ねてみたら『そうだ。』と言ったが、本当にそうなのだろうか?
それが秘訣かどうか自分で試して答えを見つけなければならない。

image
昔のムションドから太鼓の径を木の枝で測りそれでアタリをつけます。
職人です。

image
寡黙なムゼー。
「黙って観て学べ」という感じです。 
師匠の芸を“観て盗む”、お能の芸の伝え方みたい。
こちらの“観る力”が要求されます。

image
『誰にでも丁寧に教える』というスタンスではないですね。
こういうやり方がやはり良いのでは、と感じました。
こちらからどんどん迫っていかないとダメ。そういう人間でないとダメ。
そうじゃないと、芸でも何でも本当には伝承されていかない。
そうじゃない人は自然に淘汰されてゆく。
とても自然でただしい関係。
オレも自分を反省するところ、多々あり。

image
「Namuna gani? (なんだ?)」とムゼー。

imageimage
なんどもなんども表面を整えていきます。

image
ムゼーの足。

imageimageimage
太鼓の内側は火であぶります。
この日はこれで作業終了。
とりあえず、ムションドのボディーは出来上がり!

翌日、遠い遠いムゼーの生家、ダカチャへ太鼓の皮をとりにいきます。

image
マタトゥを何度も乗り継ぎ、長時間徒歩で歩き、6〜8時間後、ムゼーの生誕の地、ダカチャに到着。
この星のもっとも田舎にあたると思われる場所。もちろん電気、水道は全然通っていません。
まさに石器時代の生活に近いと思われる。

この日捕れていたのは「カフーノ」という小さい野性の鹿のようなレイヨウ類。牛科。
これを捌いて、皮をムションドに使います。
さすがムゼーはさばくのも上手!!!

この晩、肉は感謝していただきました。
夕暮れから家族皆で地面にたき火を中心に輪をかいて座り、天然のヤシ酒(ギリアマ後で“ウチ”、スワヒリ語で“ムナジ”)を皆でまわし飲みして
いろいろと語り合い、眠たくなったら眠るという夜の時間がとても私の心には贅沢でした。

翌日、マドゥングニに帰ったのはもう夕暮れでした。
さらに翌日、ムションドにカフーノの皮を張り、一応完成しました。
一本の木と一頭の動物の計2つの命のおかげで、一本のムションドができました。

その後、日陰で3日は陰干しします。

4日目に本当の完成を迎えました。

水川勝利(マビ・マンジ)